1面 No.39 2025年3月1日 能登半島地震・障害のある人たちの支援活動ニュース やわやわと 「やわやわと」は能登の言葉で「ゆっくり・急がず」 発行:日本障害フォーラム(JDF) 能登半島地震支援センター TEL 070-3288-2303 FAX 050-3457-6915 E-mail jdfnotoshien@gmail.com 〜常に状況は変わっているなかで〜 2024年7月以来2度目の能登支援です。以前のまま変わっていない所もあれば、解体が進んでいるところも見られました。常に状況は変わっていると感じました。支援は事業所支援でした。どんなことでも、ほんの些細なことでもみなさんと共感できることを探しながらのあっという間の1週間でした。被災した日から始まった非日常のなかで現在の日常がありました。少しですがその時間を一緒に過ごせたことは今後の励みになります。前回来たときに会っていた方との再会は大きな喜びでした。作業の合間に震災、豪雨の話を伺い、実際に来てその場に立つことの大切さを感じました。1人で関心を持ち続けることは難しいので周りの人たちに伝えてみんなで一緒に関心を持ちつづけたいと思います。(塩谷祥策・神奈川県・シャロームの家) 写真 空と見附島 写真 雪と朝市 写真 やなぎだハウスのみなさんと 能登半島は今週から暖かくなる予報で、降り積もっていた雪は解け震災から2回目の春を迎えるタイミングでの支援活動です。前半の視察では輪島や珠洲を巡りました。歪んだ公共物や崩れた家屋を目にするたびに動揺しました。一方で一面を覆う白い雪や静かで広い七尾湾、その遠くに見える立山連峰はとてもきれいで自然へ畏怖の念を抱く時間でした。  一互一笑での昼食作りや放デイの支援活動に加えて、私はこの間行なわれた、きょうされんの「未来カフェ」の会場担当で、珠洲市にある「すず椿」に行きました。企画の中で聞く、すず椿の利用者さんの率直な言葉や各地から寄せられたメッセージには胸がいっぱいになりました。会場で実際にお話しされる姿や、同じ場所で過ごしたこと、能登で経験したこと全て心に刻み、きょうされん事務局の仕事を精進していきます。(野間夕日・東京都・きょうされん) 2度目の能登。雪が山の斜面を覆い、川幅も雪で狭まり、土砂崩れの凄まじさや流木の溜まりを白く隠します。公費解体が進んでいる地域もあるけれど、中心部を離れると壊れた家屋が、歪んだ電柱が、解体ごみの山が目に飛び込んできます。もう、1年2ヶ月も経っているのに!また、年度末を迎える2月、実感したのは被災した事業所が、来年度の事業計画をたてるのに本当に苦労していること。人の配置も、利用見込みも、設備投資も地域の復興と重なります。厳しさます福祉情勢と被災地の困難と。多面的な支えと、何より福祉制度改善を求めたい。志ケ浦仮設住宅から見えた立山連峰は美しかった。穏やかな七尾湾の海も大好きです。また来ます。連れてきます。 (小針康子・奈良県・こぶしの会相談支援センター) 2面 〜心が激しく揺すぶられるなかで〜 念願が叶って、震災発生前も発生後も初の奥能登入りができた。金沢市在住であり、被災者ともいえる立場であったが、連日、能登半島の震災のことがニュースで流れるたびに心を痛めていた。一方、左足に障害を抱える身では現地入りしてもできることは少なく逆に気を遣わせてしまうと考え、現地入りは控えた。その代わり、寄付金の要請があれば、どこにでも寄付した。偶然ながら、今回のJDFの支援団体であるゆめ風基金やDPI日本会議にも寄付をし、JDFの関係者にも多くの知り合いがいた。 今回、JDFの活動が肉体労働的なものではないことを確認し、参加を決めた。学生には「能登半島の震災の支援に行ってこい!」と授業などで強く勧めていたが、「隗より始めよ」である。ようやくそれを実現できた。 実際に行ってみると、心が激しく揺すぶられた。潰れた・倒壊したままの家々、寺院、道路、電柱、海岸線、何もかもが痛々しい。仮設住宅も無数にあり、そこでの生活を強いられる人たちがいた。そして、私がJDFを通じて参加した最も重要な使命と感じていた障害者・高齢者の生活も垣間見ることができた。1週間の活動だけでは、深く知ることは到底できない。であるが、百聞は一見に如かずである。 子どもから高齢迄、様々な被災者がいて、なおかつ、被災後の生活にも大きな変化をもたらしていた。ただ一方で私が感じたのは、平常時における問題が顕在化しているような気もした。障害者の通院や通学のこと、親の世話になりながら生活する障害者の将来への不安、コミュニティにおける障害者の立ち位置、等である。また石川県における障害者団体などのつながりの重要性を改めて感じ、自分でできることをしていかないといけないと思った。 私の今後の仕事の上でも、生活の上でも、考えていかないといけない問題が山積している。少しでもそれらを解決できるように貢献していきたい。能登半島の震災においては、特に同じ石川県民として何ができるのかをしっかりと考え、実施していきたい。(土橋喜人・石川県・金沢工業大学) 東日本大震災以来の被災地支援でした。奥能登の視察では、想像以上の震災や水害の爪痕が残っているのを目の当たりにし、また復旧・復興の遅れも見られ、心が押し潰されるような思いになりました。翌日からの支援に不安を感じましたが、道中七尾湾越しに雄大な立山連峰を望むことができ、心癒やされ支援への気持ちを立て直すことができました。  2日間退院や通院のための移動支援の担当を受け持ち、道中お話しをする中で、これまでのことやこれからの不安などお伺いし、改めてまだまだたくさんの課題があることを感じました。1日でも早くJDFの支援が必要とされないような復旧・復興を願います。それまでは引き続き自身の職場から継続して支援に入れるような環境づくりに取り組んでいきたいと思っています。(高橋公平・東京都・グループホームひまわり) 写真 支援に向かう土橋さん 写真 海と立山連峰