被災地支援センター
支えよう、東北の仲間たちを! みんなの絆と力で
みやぎ支援センターニュース「ゆい」No.18
日本障害フォーラム(JDF)東日本大震災被災障害者総合支援本部・みやぎ支援センター
2011年6月8日
仙台市太白区・萩の郷第二福寿苑内(5月1日より) 022-244-6965(TEL・FAX)
メール:jdf.miyagi@gmail.com
ホームページhttp://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/JDF_shienhonbu.html
6月に入りましたが、現在もなお避難所などでの生活を余儀なくされている方々が大勢います。長期化する避難生活、また、来るべき夏に向けて、ニーズの変化が予想されます。さらには、いまだ安否不明の障害のある方がいるので、アンテナを張り巡らせて情報を集めています。
現在、各地域で少しずつ障害者支援事業所が再建・再開の動きを見せています。今回は、南三陸町内の事業所の再建に向けた動きについてお伝えします。
訪問累計(6月3日現在)
●JDFの訪問で1326人の障害のある方と対話●
●訪問活動●
支援員 | 障害のある人の確認・対話数 | ||
本日 | 39 | 集計日(毎週金曜時) | 2011年6月3日 |
延べ人数 | 379 | 障害のある人の確認・対話数 | 1326 |
動き出した南三陸町の障害者支援
~一歩ずつ・少しずつ~
南三陸町では、3月11日の津波により役場を始めとする主要公共機関が被害を受け、現在は南三陸町総合体育館「ベイサイドアリーナ」に機能を移し、震災被害に対応している。同町で障害(主に精神障害)のある方の相談支援をしている「風の里」も入っていた建物が壊滅的な被害を受け、ベイサイドアリーナ駐車場のコンテナに仮の相談所を設け、相談支援にあたっている。JDFでは4月22日に初訪問、現在は支援員を一名常駐させていただいている。6月6日、JDFより6名(小野事務局長、井村北部事務局長、井上北部次期事務局長、中司北部次期事務局次長、土井支援員、川嶋事務局員)が訪問、三浦所長から話を聞いた。
写真:被害を受けた「風の里」(左)、「のぞみ福祉作業所」内部(中央)、再開した仮設の「のぞみ福祉作業所」(右)
移動支援のための車の確保に苦心していることや、親戚・知人を頼って遠くに避難している利用者の方々もいる、等々の話のなかで、所長自身、相談所職員にも被災している方がおり、相談所での支援と自らの家・家族への対応とに心をすり減らすような活動をされている姿が見えた。JDFとして、一層の協力・途切れない支援を約束して話を終えた。
「のぞみ福祉作業所」は少し高台にあったが、津波はここにも到達していた。5月末、入江地区の山あいに設けたプレハブで「のぞみ福祉作業所」は再開された。「風の里」を後にした6人が伺ったときはその日の作業が終わり、皆がくつろいでるところであった。プレハブの隣では、畑の開墾が進んでいた。畠山施設長の話によると、作業所の再開は、日中ずっと家族といるのが難しい利用者の方からとても歓迎されたという。JDFからの支援員も加わり、利用者の方はたくさん話もできているせいかとてもにこやかであった。現在使っているプレハブより少し大きいものを設置する計画が進んでいる、宿泊もできるようにしていきたい等、施設長には先々の構想が様々に浮かんでいるようであった。「風の里」同様、途切れない支援を固く約束し、のどかな「のぞみ福祉作業所」をあとにした。
○6月4日・・・日身連/JDF福島・宮城・岩手被災地視察団がJDFみやぎ支援センター来訪。
○6月5日・・・日身連/JDF福島・宮城・岩手被災地視察団がJDFみやぎ北部支援センター来訪。
○6月4,5日・・・次期クールへの引き継ぎ。
●支援活動に参加した支援員から●
ずっと心の中で手を合わせながら女川の町に入りました。自分たちに出来ることが本当にあるのだろうか、と感じる程の町の状況。そんな中で、早口東北弁のおばちゃんの話に笑いが止まらなかったり、立ち話にいつのまにか巻き込まれていたりと、たくさんの方と話すことができました。ただ「○○さんのかあちゃん流されちゃー」「車あるからまだいいべ」「あっこの避難所は物ないっぺ」などの話が飛び交っているのは事実です。牡蠣やカツオが美味しく、高台に登ると風光明媚な女川町。この小さな港町が復興したら必ずまた訪れようと心から思いました。また全国各地から支援に入っているJDFメンバーと、同じ志の中で、有意義な時間を共有出来たことはとても良い経験でした。ただ人が足りません!もっと人数がいたらこの施設の泥掃きが進んで早く再開出来るのに…など歯がゆい思いも多々ありましたので、ぜひとも多くの人が参加し、支援が継続されることを願っています。(高橋良江さん 埼玉県から)
「呆然」まさにこれに尽きる。福岡県西部沖地震を経験した私にとって、被災地の現状に身体が硬直した。各報道からの情報を、いかに現実として自分自身が受け止めてなかったか・・この地に来て痛切に感じた。
このような心情で、支援センターみやぎの支援員として私の行ったことは・・(1)被災した事業所の環境整備(2)各避難所への訪問調査 (3)長期避難で入浴ができていない障がい者本人への支援 (4)障がい者事業所の利用者支援(職員が不足しているため) それぞれのニーズが直接伝わってくる。いかにスムーズに即応できるかが支援センターの役割と痛感する。被災した方々からの思いを真摯に受け止めて相手の立場になって傾聴する。このスタイルは、日頃から障がい者支援を行っている(仕事として)私にとっては、実は一番大切なことだった。「一日も早い復興を心から祈念します」
(城谷明彦さん 福岡県から)
障害のある方のよりよい地域生活を再建していくために今は人が必要です。
ぜひご協力をお願いします!
まだ支援員が足りていない状況です。業務内容としては、以下のものがあります。
(1)みやぎ支援センター支援員― 被災地避難所・福祉事業所への訪問による、ニーズの掘り起こし、具体的なニーズへの対応
(2)みやぎ支援センター事務局員― 電話相談、ニーズへの調整・対応、会計、備品・生活管理、庶務、支援員・車両管理等の調整、広報、活動報告・記録管理
(3)みやぎ北部支援センター支援員― 気仙沼、南三陸地域の避難所訪問・生活状況の把握・ニーズ調査など